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苦悩は喜びのために

浄化をライフワークとする私のスピリチュアル・心理学徒然

ひきこもり・不登校児に親ができるたった一つのこと・母と子の無価値感

2年程前、私は今までの人生で最大と言える苦しみが私に起こりました。

その後今まで、おそらくほぼ毎日、自分の内面と対峙し続ける日々を続けました。

それまでにもう、スピリチュアルや心理学に惹かれ頭での知識が少しあった私は、内面と対峙することでしかこの状況を抜けられないとなんとなく解っていたからです。

内面の対峙とは、いわゆる自己浄化、自分の中にある感情と向かい合うこと。

そんな中、息子が学校に行けなくなったのです。とりあえず、この投稿では詳細をはぶきますが、彼の不登校に際して、時々不思議な感覚があります。

 

   この不登校は、起こるべくして今起こった。

   苦しみがあったからこそ、今の息子を支えられる。

そんな感覚です。親子ともに、時期をほぼ同じくして大きな苦しみが起こったわけです。

どちらの苦しみも、自分の内面に何か間違ったことがあるよ、と教えてくれている訳です。いわゆる必要のない無価値感とか、、。

そして、私の苦しみの方が1年程先に起こり、無価値感に対峙する期間が与えられました。それはまるで、後に来る息子の苦しみに、私がちゃんと対応できるための準備期間であるかのように。

最近、息子がひどく荒れるという出来事がありました。自分の中の無価値感を認めたくなかった彼の抵抗だったのかもしれません。私に全身でぶつかってきた彼を私なりに受け止めることができました。それは私にとって少し驚きでした。以前の私にはそんな容量はなかったからです。

 

自分で言うのもなんですが、ここ最近の彼に対する私のやり方は、以前に比べて

なんというか、、変わってきたのです。これは2年前の苦しみによって私の無価値感が随分と癒されてきたのを示しているのかなと思います。その結果かな、と。

そして、苦しみが起こってからというもの私は心理学、スピリチュアルの知識がもっと増えていたために、彼を内面から理解することができたのだと思います。

もちろん、完全ではありません。ですが、完全でなくて良いことも知っています。

だから、今の私は息子の苦しみと成長に寄り添ってやれるかもしれない、って思っているのです。

 

もしも、2年前のあの苦しみのお陰で、少しでも息子の無価値感を手放すのに何か手伝えるのなら、あれも無駄ではなかった、と思う今日このごろです。

私や彼の父親が未熟な為に、彼に無価値感を抱かせたわけなのではありますが、その無価値感を手放すために、最近彼はその一歩を踏みました。自分の無価値感に気づくまいと、必死で抵抗して苦しんでいたのですが、どうやら今、無価値感に気づき、無価値感と向き合うと腹を括ったようなのです。

 

そしてその結果、動き出し始めました。今ある問題を解決する為に、できることを。具体的には、、あんなに嫌がっていた勉強をできる範囲で自発的に始めたり、その他問題克服に向けてやるべきなのに気が進まなかったことも、受け入れたり。

私は私で、彼を傷つけないよう言葉を適切に選んで、適切なアドバイスが前よりできるようになったり。

学校へ行くことはまだできません。あと1年で戻れたら、拍手ものだと思っています。

まだ何年もかかるかもしれません。でも、今できる目の前のことをやっていこう、と決めた息子がいます。もちろん、後戻りも沢山するでしょう。私もそうであるように。

でも、すごく嬉しいんです。無価値感と対峙できた彼を誇りに思います。手前味噌ですが、絶対彼は器の大きい人間になります!

 

母親が変われば子供は変わる、というのは本当だと思います。母親自身の無価値感は、

子供の健全な精神の成長を妨げるからでしょう。私が過去そうであったように。だから、母親として私達ができることって、結局自分の無価値感に向き合うことでしかないような気がします。それによってのみ、子供の痛みに寄り添い、励まし、寄り添えるんじゃないかと思います。無価値感の少ないお母さんは、なんといっても安定感が違うと思うんです。それが結果として子供に力を与えるのかもしれません。

 

私もまだまだですが、ひたすら自己浄化するのみです!

自己浄化法についてはこちらに書いてます。参考にしてください。

どうやって自己浄化するの? - 苦悩は喜びのために